JBBY希望プロジェクト・学びの会報告(2023/2/22)

生きづらさをかかえた子どもに、本との出会いを
~ブックリスト「あしたの本だな」をつくる~

パネリスト:大塚敦子(作家・ジャーナリスト)、さくまゆみこ(翻訳家)、清水由紀乃(学校図書館司書)、神保和子(家庭文庫)、土居安子(大阪国際児童文学振興財団)、中島尚子(国立国会図書館)、野坂悦子(翻訳家)、町田りん(学校図書館司書)、村中李衣(児童文学作家)、山中かおり(学校図書館司書)、和田直(翻訳家)

報告①

報告:町田りん

1.
「あしたの本だな①② 子どもや若い人との出会いをつなぐブックリスト」ができるまでの経緯(さくまゆみこ)

子どもの本を通して国際理解と平和を子どもに伝えるJBBYの理念をもとにJBBYが発足した。希望プロジェクトは3.11の支援活動から出発し、困難な環境の中にいる子どもや若い人にも子どもの本を手渡す活動として、①原発事故の被害を受けた子ども、子ども食堂、紛争地域から避難してきた子どもなど、困難を抱える子どもたちに本を送る「支援活動」と ②支援する側として何ができるかという「学びの会」の二本立てで活動を行なっている。
このブックリストは、2019年10月の学びの会の折に、少年院の職員の方々からの要請をいただいたことが作成のきっかけとなった。JBBYとしてどのようなブックリストを作ったらよいのか、模索が始まり2022年に完成。試験的に運用も始まっている。
このリストには表紙の書影(カラー)・書誌情報・紹介文・読みやすさのグレード・キーワードが記載されている。大きな特徴は「あしたの本だな①」は面出し「あしたの本だな②」は棚差しをお勧めするリストの構成であること。また紹介文を職員用と子ども用の2種類作成し、子ども用は総ルビにして、すぐに手にとってみたいと思わせるよう文章を工夫した。

2.
少年院の現状と少年と読書の出会いの重要性(大塚敦子)

少年院の在院者数は現在減少しているが(2020年度はおよそ1600人)、ネグレクトや暴力にあうなど困難な生育環境、学校でのいじめや学業のつまずき、あるいは知的障がいや発達障がいなどの生きづらさを抱えている少年が多く在院している。それが、本を読むことで少しずつ変わってくる。個人的に支援していた少年の中には、日本語の美しさに目覚めた少年がいたので、万葉集や古今和歌集を差し入れた。また自分の身の回り以外の世界に関心を寄せるようになり、旅をしてみたいと言い始めた少年には、ガイドブックや旅の本を手渡した。手にとってみたら本が好きになる。スマホもゲームもない少年院は、少年が本に出会う絶好のチャンスである。JBBY「あしたの本だな」というリストに出会うことで、そこから自分が面白そうだと思った本を手に取ってみる。そこからよりよく自分を知る選択肢が増える。少年院の少年たちが本を読むことの意義は、以下のように考えられる。
・未知のものへの好奇心が生まれることから学びへの意欲が高まり、自分にも学べることがわかって自信がつく
・他者についての想像力が育まれる(エンパシー)
・さまざまな物語をとおして自分は一人ではないと思える
・他者の物語を体験することで自分の物語(ナラティブ)も再構築できる
20数年にわたって国内外の刑務所にかかわり、現在男性と女性の二つの刑務所で文章創作クラスをおこなっているが、「読むこと」と「書くこと」は「自分の声を持つ」ことは一体であると実感している。カナダの刑務所の読書会での「自分の体は自由ではない。しかし本を通して未知の世界へ行ける」という受刑者の言葉が忘れられない。

3.
ブックリスト①(面出し)について(村中李衣)

① は本のある空間をどのように作るのかを考え選んだ本。
少年自身の視線が自由に本の中を彷徨うことができるように工夫した。
本のある場所は日常とは違う世界。普段着でふらりと入っていける場所になるように考えた。
例えば写真絵本の魅力については、写真は作家がファインダー越しにみた世界。カメラマンがひそやかに対話している世界。物語との対話を少年自身が許すことができる。
ここに示す料理本には料理のみが写っているものを選んでいる。そこにはスティグマを感じさせる要素がない。少年自身が自由に入り込めるよう配慮した。
そのような柔らかな空間づくりを思いブックリスト①を作った。

ブックリスト②(棚ざし)について(さくまゆみこ)

②は世界の入り口のなるような本を選んだ。子どもの本を中心にしている。絵本は幼児だけのものではなく様々なテーマの入門書であり深く考えることにつながっている。昔話は2019年学びの会にも参加してくださり活動も続けている東京子ども図書館が今後作成するリストに委ねたい。

4.
活動報告(中島尚子)

JBBYの東日本少年医療矯正・教育センターにおける活動報告。東日本少年医療矯正・教育センターは支援を要する少年(男子)と医療措置を要する少年(男女)の少年院。図書は図書室と各寮に設置している。
2021.10 センター訪問、オンラインミーティング実施。
センターで「あしたの本だな」リスト掲載図書を購入することを確認。
2022.6 図書の入荷終了。図書室内で実際の担当教官とJBBY担当者の打ち合わせ。
購入済みの「あしたの本だな」図書の拝架作業。
2022.7 図書室メンテナンス業務・選書基準・除籍基準について担当者と打ち合わせ。
    JBBY「あしたの本だな」シールの貼り付け作業。

5.
図書の紹介

紹介文と一部選書を担当した5人が、以下のテーマにしたがって、それぞれ3〜4冊ずつ本を紹介した。
肩の力をぬいて、先入観をとっぱらって(神保和子)
大自然の命に驚く(野坂悦子)
違う視点で見てみると世界が広がる(清水由紀乃)
声に耳をすます(町田りん)
失った、その先で見つけたものは(和田直)
他者との出合いによって新しい世界を知る(山中かおり)

6.
図書の紹介(選書全体を担当した 土居安子)

5で紹介しきれなかった➁の本を以下の9つのテーマにそって紹介した。
遊ぶ みる 楽しむ/日常を違った目で見る/知ってびっくり/冒険を楽しむ物語の世界・ことばの世界にひたる/友だち関係/ともに生きる自分らしく生きる/生き抜く

7.
質疑

Q1. 子どもたちが本との出会いで安心感を得ているなと感じられる時間とは。
(村中)ほっと安心できる室内。視線や思惑に囚われない場所。子どもから、体が柔らかくなった感じや、ぽかんとできる感じが伝わってくる。そういう姿を見るとこちらも楽になっていく。安心感を持てる空間とは双方向でつくり合う空間である。
(清水・学校図書館の経験から)すぐに安心感は作れない。何回も会うことが大事。来てくれたことが嬉しいと伝えながら、何回か会っていい感じになったときに、初めて子どもは、こちらを受け入れてくれる。

Q2. 不登校など学校に行きづらい子どもの居場所について。
(神保・文庫の経験から)学校でも家でもない「居場所」を作ることが大事。本がある場所だが、本は背景。そこに受け入れる人がいることが第一。ゆっくり、じっくり、焦らずに。

Q3. 小説やノンフィクションなど、読解力をどう乗り越えていくのか。
(神保)先ずは読んであげて欲しい。読んであげるうちに先を知りたくなって、自分で読むようになっていく。
(村中)ブックコミュニケーションという方法もある。物語が嫌いな子はいない。本につながる生身の人間の話から、興味を引き出していくこともできる。
(清水・学校図書館の経験から)子どもは意外と真面目。最初から全部を読もうとするが、ノンフィクションは好きなところをひろってよいのだ、という事を、そして全部を読み通さなくても良いのだ、という事を伝えると、もっと気楽に本を手にとるようになってくれる。
(中島)少年院には様々な読書レベルの子がいるので、いろいろな本を揃えて欲しい。知的に問題のない子どもから、障がいのある子どもまで楽しめる本が置いてある環境が大事。

Q4. 施設側のエピソードを教えて欲しい。
(大塚)「詩」を読んで詩にハマった子がいた。自分でも詩集を取り寄せ、詩作を始め、詩という新たな表現手段を見出したことがあった。

Q5. 外国ルーツの子どもに日本語を教えているが本への興味をどのように引き出したら良いか。
(さくま)その子その子の興味をみながら、多様に本を紹介していく。
(野坂)本に親しむ空間、場所を作る。私もそんな空間を作ってみたくなった。
(山中・学校図書館の経験から)外国ルーツの子どもにとって、友だちの力が大きい。大抵、親切な友だちと一緒に図書室にやってくる。友だちが助けてくれることで、本に親しむようになっていく。

報告②

報告:中島尚子

「あしたの本だな」プロジェクトに関わって

 2023年2月22日に行われた希望プロジェクトにはみなさまご参加いただけましたか?

 参加の上限である470に至るお申し込みをいただき、当日も400名近い方々が実際にご参加くださいました。回答しきれないほどの質問もいただき、みなさんのご関心がどれほど高いかを実感しました。

 「あしたの本だな」リストの選書の基準や、プロジェクトの経緯、黄色と水色の2冊に込められた思いなど、さくまゆみこさん、大塚敦子さん、村中李衣さんのお話から感じ取っていただけたのではないかと思います。また、清水由紀子さん、野坂悦子さん、町田りんさん、山中かおりさん、和田直さん、それぞれが「こういうふうに子どもたちに手渡したい」と本を選び、ブックトークをしてくださいましたし、土居安子さんがその他の本についてもわかりやすく本の特徴を紹介してくださいました。みなさんはリストの内容をどう受け止められましたか?

 リストの作成過程は本当に密度が濃く、なかなかに厳しいものだったと思います。175冊をまず村中さん、土居さん、さくまさんで選書していただき、メンバーがそれぞれ20冊程度分担して本の紹介文を書きました。同じ本について、大人向けと子ども向けに書き分ける、なおかつそれを70~80文字でまとめるという作業は、あまり本の紹介経験がない私には難しいものでしたが、その分たいへん勉強になりました。100文字にも満たない字数で本を紹介するとなると、おススメしたいポイントがズバリ、ダイレクトに伝わる必要があります。ですが、そのポイントをなかなか言葉で表現できず、本の中心に近づけずにグルグル堂々めぐりをしているようなもどかしさに、何度も頭を掻きむしりたくなりましたし、人に本を勧めるには、自分が本の中身について深く考えていないとだめなのだ、本を読んだつもりで全然読めていなかった、とを痛感させられるばかりでした。ですが、振り返れば、ことばで人に何かを伝えるということの意味をあらためて考える貴重な機会をいただくことができました。

 また、リストのレイアウトについてもメンバー内でとりあえずやってみるということで、私がとりあえずWordファイルで制作し始めたものの、図形のサイズを0.1ミリ単位で整え配置し、フォントの種類、大きさ、色形、文字の配列を何度も変更し、誤字・脱字、書誌事項の不統一を何度も修正することになり、みなさんにOKをいただけるまでの道のりは平たんではなかったということを告白せねばなりません。「こだわる」ことには際限がない、編集という作業の大変さを、ほんの一端だとは思いますが、身に染みて感じた経験でした。

 ですので、これでいったん完成!となった日のうれしさといったらありませんでした。連日の夜なべ作業が終わったうれしさももちろんありましたが、何か一つのものを作り上げたという達成感、充実感というのはひとしおでした。事務局長鳥塚さんが児島なおみさんにイラストを依頼してデザインしてくださった美しい表紙に包まれ、できあがったリストは、見れば見るほど愛着がわいてきました。

 リストの内容が完成したという喜びがひと段落すると、次にわいてきたのは、「このリストのことばを、どう少年院の子どもたちが受け止めてくれるだろうか?」という疑問でした。

 JBBY希望プロジェクトがこのリストに基づいて、実際に連携を進めているのは、東京都昭島市にある東日本少年医療矯正・教育センターという少年院です。少年院とは、家庭裁判所で保護処分が決定した少年たちが非行をやめられるよう、教育を受けながら社会復帰を目指す施設です。このセンターには、発達障害や知的障害のある少年たちや、心身の疾患があって医療措置を必要とする少年たちが在院しています。

 少年院での実践を希望する希望プロジェクトメンバーで、これまで3回、センターを訪問しました。センターでは、すでにリストに掲載された資料をすべて購入してくださっていましたので、それらの本を本だなに実際に並べる作業を行いました。

 自分たちで本だなに並べ終わり、あらためて本棚を眺めてみると……そこには目にも楽しい、色鮮やかな本が棚いっぱいに表紙を見せて並べられていました。どれもこれもなんと面白そうなことか! 読み物の本も、背表紙を見せているだけですが、興味深いタイトルがならんでいて、心惹かれるものばかりでした。面白そうなものを見てワクワクするのには、きっと大人も子どもも違いはないはずです。まさに、本自身が自分を手に取るように誘っているかのような本棚で、「これは、まちがいなく、子どもたちにもウケる!」と確信しました。教官の先生にうかがったところ、やはり、本の整理が終わる前から、本を借りたいというリクエストがあったほど、子どもたちにはとても人気だということで、それを伺って本当にうれしく思いましたし、同時にやりがいを感じました。

 このプロジェクトでは、当初、少年院や少年鑑別所など、本を手に取りやすい環境が周囲になく、読書に不慣れな若年層を対象に想定してリストの作成に取り掛かりましたが、今、完成したリストを見ると、決して対象を特定するものにはなっていません。誰が見ても面白い、そんな本を紹介するリストになったと自負しています。

 また、学校関係者の方に、家に1冊も本がない家庭というのは珍しくはないと聞いたこともありますが、本が身近になくて手に取りにくい環境というのは、決して少年院や少年鑑別所ばかりではないという厳しい現実もあるようです。新型コロナウイルスによる経済的な困窮や物価高騰のために、本を購入することが難しくなるという心配も杞憂ではなくなってきています。また、学校図書館や公共図書館が子どもたちの読書を支援する存在として、身近にありますが、そもそも部活や塾で忙しい子どもたちには、そもそも図書館へ行く気力がわかないかもしれません。時間、お金、保護者の支援がなくて、本を読みたいけれど読めない、本の面白さに気付くきっかけがないというのは、少年院に限らず普遍的な状況になってきているのではないでしょうか。この「あしたの本だな」リストが、そんな状況に一矢報いるツールとして、多くの方々に活用していただけることを望むばかりです。

 JBBYでは、2冊の「あしたの本だな」リストを、全国の少年院、少年鑑別所に配布するほか、今後は児童福祉関係施設で活用していただくことを目指し、普及を促進していく予定です。ホームぺージから自由にダウンロードしていただくことも可能ですので、ぜひご覧になってみてください。「あしたの本だな」PDFのページはこちら▶

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