【報告】第6回JBBY子どもの本の翻訳フォーラム「ノンフィクションの翻訳を考える」
2024年2月15日
報告
2024年1月21日、第6回子どもの本の翻訳フォーラム「ノンフィクションの翻訳を考える」がオンラインで開催されました。パネリストは小川真理子さん(科学読物研究会会員)、さくまゆみこさん(英語翻訳家)、竹内薫さん(サイエンス作家)、原田勝さん(英語翻訳家)、藤田千枝さん(翻訳家・作家)。司会進行役は堀内まゆみさん。今年も200名を超える視聴者と盛況でした。
第1部ではパネリストの方々に、それぞれの訳書のエピソード、日本と海外のノンフィクションの違い、翻訳にあたっての注意点、海外作品を日本で紹介する意義などをお話しいただきました。
お子さんの誕生をきっかけに児童書翻訳を手がけるようになった竹内薫さん。伝記『カタリン・カリコの物語』を翻訳したのはインターナショナルスクール上級クラスの生徒たち。1学期かけてディスカッションを繰り返し、訳文を練りあげ、最終的に竹内さんが手を入れたとか。また、AIをどのように活用しているかというお話も印象的でした。
さくまゆみこさんは、正確な事実へのこだわり、監修者の必要性について語り、さらに「ホーキング博士のスペースアドベンチャーシリーズ」での監修者との細かいやりとりを記したファイルや、事実を記述した下訳に、子どもに読みやすくするための赤字を入れながら修正したときの原稿を公開してくださいました。自分で読んでもおもしろいと思える作品にしたい、というお考えに深くうなずきました。
つづいて原田勝さんは、「ハーレムの闘う本屋」「キャパとゲルダ」「チャンス」の伝記について。絵や写真が豊富に使われていると読みやすい、写真があるとリアリティがあり魅力が増す、人種や宗教の違いや子どもがテーマになることで、社会的弱者を知らしめられるなど、作品の魅力を語ってくださいました。また、大判の原書よりも日本語版を小さくしたり、カラーを白黒にすることでコストを抑えるなど、出版にあたり読者の手に届きやすくするための工夫、内容に文学的要素が含まれる場合の注意点、注釈のあつかい方など、テクニカルな面にも言及しました。
これまでに73冊の翻訳と、書籍の執筆を手がけられた藤田千枝さん。科学読物研究会との出会いに始まり、これまで関わった本について、海外書籍をどのように日本の出版社に紹介していたか、科学の読み物を探すためにアメリカやイギリスの図書館、書店をめぐり歩いたお話をしてくださいました。70年代にリサイクルに関する書籍を翻訳されたお話や、科学の読み物は大学街の書店をさがすとよいものが見つかるなど、印象的なエピソードを聞かせてくださいました。
そして、小川真理子さん。子どもたちに科学の本を手わたしていく会「科学読物研究会のメンバーでとして取り組んだ「科学キャラクター図鑑シリーズ」での楽しいエピソードを披露してくださいました。ユーモアや言葉遊び、生活の中で身近な存在であるものの違いなど、海外と日本の科学の本の違い、翻訳の難しさ、工夫した点などを話してくださいました。
第2部はパネリストのみなさんによる意見交換です。まずは辞書の使い方やAIを使った翻訳が可能かどうかについて。原文によっては完成度の高い翻訳ができる、文学的な要素が加わると使えない、と竹内さん。それに対して、どう読むかが大事、AIに読まれる前に自分で読みたいとおっしゃる原田さんのご意見には、画面越しにうなずいた視聴者も多かったのではないでしょうか。そして、子どもに届ける本は自分で読みこみ、温かみのある言葉で訳したい、というのが全員一致の意見でした。また、リサーチの大切さも、みなさんが強調されていた点です。時代の流れや政治状況、歴史、用語など、分野を問わず背景を知ることが大事。監修者をつける、専門知識のある人に質問するなど、リサーチやチェックする人をおくことで間違いを減らす作業をなさっているそうです。また、注釈の入れ方などテクニック面のお話もありました。海外書籍を紹介したい理由として、英語は日本語よりも潜在読者数がはるかに多く、そのぶん時間をかけて作られた良書が多い、と竹内さん。造本・デザインがユニークだから、とさくまさん。それほど知られていない人、個性的な人を描くことで多様性、視野を広げてもらいたい、と原田さん。日本にもよい本があるので海外にも、特に英語圏に広まってほしい、と小川さん。それぞれがノンフィクション作品への熱い想いを語ってくださいました。
第3部では視聴者からのいくつかの質問に答えていただきました。1冊を訳すのにどれくらい時間がかかるのか。原書に誤りがある場合はどうするか。海外と日本のノンフィクションの違いは教育の違いによるものか、といった質問がよせられました。答えはどなたもほぼ共通していて、訳す時間は作品によりけりで、その分野に詳しければそれほど時間がかからない、文学的な要素があるとその分時間がとられる、ということでした。誤りや不明な点は著者に確認する、イラストに間違いがあれば描き直してもらうことも。新しい知見がどんどん出てくる分野は、原作を読んだだけでは間違いかどうか判断がつきにくいということでした。そしてどなたも、ノンフィクション作品を訳す際には、自分もいっしょに勉強し、知識が増えるのが楽しいとおっしゃっていたのに共感しました。
最後に、ノンフィクションでも読み物と合体した、文学要素の強い作品もあるので、フィクションと線引きをしなくてもよいのでは、子どもたちにも楽しく読める本、読みたくなるような本を手わたしていきたい、と話を結び、2時間半におよぶフォーラムは終了しました。
自然科学、社会科学、歴史といった様々な分野、立場の違う方々の異なる視点から多岐にわたる話をうかがい、内容の濃い充実した時間となりました。
報告:中村智子(ドイツ語翻訳家)